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由緒大辞典

KAMI-LEGACY

土地の由緒を、種別・神仏・主題・地域から引く。
原文(由緒板の写し)と、AIの読みは分けて扱う。

84 由緒あり / 84 うち原文取得済み
種別 全て その他13 古墳9 城址1 18 神社40 遺跡3
主題 ✕ 水運 神仏習合9 山岳信仰6 鎮魂6 天神信仰5 前方後円5 横穴式石室5 律宗4 忍性4 筑波山4 阿弥陀信仰4 道祖神4 地蔵信仰3 磐座3 稲荷3
神仏 ✕ 於岐都説神(おきつせのかみ) 阿弥陀如来8 地蔵菩薩4 宇迦之御魂神3 菅原道真3 薬師如来2 火産霊神2 大国主命2 岐神(くなどのかみ)2 天鳥船神(あまのとりふねのかみ)2 住吉三神(上筒男神・中筒男神・底筒男神)2 応神天皇(八幡神)2 稚産霊神2 於岐都説神(おきつせのかみ)1
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1件 神仏「於岐都説神(おきつせのかみ)」・主題「水運」 で絞り込み

旧息栖神社跡(元息栖)[神社]🏛 国史見在社
📍 日本、〒314-0114 茨城県神栖市日川4199−3 2026-08-29
— 由緒板の原文(読めた字)息栖神社の歴史 現在の息栖神社は、その昔、日川に鎮座していました祠を、大同二年(八〇七年)、右大臣藤原内麻呂が勅命に依り現在地の息栖に遷座したと伝承されております。日川地区に鎮座していた当時の息栖神社が、なんという名で呼ばれていたかについては確かではありませんが史書「三代実録」には、仁和元年(八八五年)「於岐都説神(おきつせのかみ)従五位下を授けられる」と記されており、これが旧息栖神社のことではないかと推定されています。 この祭神の名称からは、川の中州、水辺に位置する神社…
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息栖神社の歴史 現在の息栖神社は、その昔、日川に鎮座していました祠を、大同二年(八〇七年)、右大臣藤原内麻呂が勅命に依り現在地の息栖に遷座したと伝承されております。日川地区に鎮座していた当時の息栖神社が、なんという名で呼ばれていたかについては確かではありませんが史書「三代実録」には、仁和元年(八八五年)「於岐都説神(おきつせのかみ)従五位下を授けられる」と記されており、これが旧息栖神社のことではないかと推定されています。 この祭神の名称からは、川の中州、水辺に位置する神社という印象が想起されますが、このことは、祭神が岐神(くなどのかみ)天鳥船神(あまのとりふねのかみ)、住吉三神(上筒男神、中筒男神、底筒男神)という、海にまつわる神々であることに結びつきます。事実、日川地区内の遺跡からは平安時代の遺物等が発見されており、この神社を祀り、水上交通の安全を祈願したと思われる人々が居住していたことが確認されています。 息栖神社は、鹿島神宮、香取神宮と共に、東国三社の一つに称され、歴史の古い由緒ある社として、御神威は広く関東、東北一円にわたり地域住民からも地区の氏神として崇敬されています。 令和三年三月 神栖市教育委員会