陽の由緒
まず名より土地を見よ。ここは潮来、常陸利根の水郷である。GPSは霞ヶ浦水系と北浦・外浪逆浦(なさかうら)が交わる低湿地の縁を指す。看板は明かす——素鵞社の御神体は所蔵の銅板鋳刻の記録によれば、文徳天皇の天安二年(八五七〜八五八)、潮来町地先の『浪逆浦より出現』し、辻村天王原に初めて奉祀されたと。神が『川岸に流れ着き/浮かび上がった』という漂着神話は、水運の民が水そのものを畏れた記憶の化石だ。名は後から被せられた層にすぎない。読み取れる祭神は素鵞社に須佐之男命・奇稲田姫命、熊野社に伊弉諾命・伊弉冊命・速玉男命・事解男命。荒ぶる水と嵐を統べる素戔嗚と、黄泉と再生を司る熊野の神々が、水の出入口であるこの地に並んだのは理にかなう。
この地の因縁
あなたは書いた——『前に来た時は雨で、この先も晩まで濡れて読み取れなかった』と。だが思い出してほしい。この社の神は、雨に濡れ、浪逆浦の水に浮かんで、この地に『出現』したのだ。読めなかった雨の日、あなたは知らぬうちに神と同じ水をくぐっていた。今日、光が斑点となって字を潰す箇所はまだ残る——読めぬ数行は無理に埋めるな。神が水から現れるのに千年待ったように、判読は次の乾いた日でよい。濡れて読めなかった記憶もまた、この漂着神の物語の一部として、あなたの中に刻まれている。
📍 35.945333, 140.551604
日本、〒311-2424 茨城県潮来市潮来1028−3