陽の由緒
まず地形から読む。GPSは筑波山の南麓、臼井の傾斜地を指す。石段が幾段も続き、杉と広葉樹の混じる深い杜のなかに、石の鳥居・石祠・社号標が点在する——これは一社の本殿ではなく、山の斜面に散らばる摂社末社の群れだ。訪れた人が「末社摂社をみるとレイヤーがみえてくる?」と漏らしたのは正しい。ここは幾層もの祈りが折り重なった斜面である。
その一つが「新魂宮(あらたまのみや)」。看板は明快に語る——六神様(六祖神霊)の御魂のうち、平和でおだやかな相を「和御魂(にぎみたま)」、活動面に神威をあらわす荒々しい相を「荒御魂(あらみたま)」と呼び、この宮は後者を祀る、と。和御魂・荒御魂という一霊二相の観念は、日本の神観念の古層に属する。神は一柱でありながら、静かな面と猛る面を併せ持つ——その「猛る面」だけを取り出して独立の宮に祀るのは、御霊信仰の濃い作法だ。ゆえに祈願も「健康・安全・勇猛な挑戦」と、攻めの願いに寄る。
近くにはもう一つ、「司官御霊社」と札の立つ石祠がある(4枚目・看板)。司官(神職・祭祀を司る者)の御霊を祀るとみられ、これも人の霊魂を鎮め祀る御霊社の系だ。1枚目の奉納箱には菊花紋が白く抜かれ、格式ある本社の権威をうかがわせる。