矛盾と沈黙
看板は器用に二つの声を同居させている。ひとつは中国由来の王昭君=弁才天という筋(元禄年間の記録として塚が青草に被われた話も引く)。もうひとつは仙台藩海図の海の目印という即物的な筋。前者は寺と信仰の物語、後者は船乗りの実用の物語だ。だが看板が語らないのは、その二つの間に横たわる本来の主。青塚という地名は各地にあり、しばしば古い塚・古墳を指す。ここが元来いかなる塚であったか、被葬者や築造の記録は板の上に一字もない。王昭君の悲劇という「借りてきた物語」が、地元の塚の由来を静かに覆い隠している——その沈黙こそがこの塚の正体を暗示する。断定はできない。読めるのは、水の女神と異郷の女の墓が重ねられた、という事実だけだ。
この地の因縁
「地元に帰省した、嬉しい」——その一言が、この塚の芯を突いている。青塚は、遠い異国へ嫁がされ二度と帰れなかった王昭君の物語を抱いた場所だ。故郷を離れた者の哀しみが、なぜか常陸の水辺の塚に流れ着き、ここで祀られてきた。あなたは逆に、離れていた地元へ帰ってこられた。帰れなかった女の魂が海の目印となって船を導いたように、あなたを呼び戻したのもまた、この土地が発し続ける「帰ってこい」という古い信号なのかもしれない。塚に立ち、沖を見よ。帰る場所があることが、どれほど得難い祝福か——王昭君はそれを教えるためにここにいる。
📍 35.881135, 140.683990
日本、〒314-0116 茨城県神栖市奥野谷4211