陽の由緒
まず山を読む。ここは筑波山塊の西縁、椎尾山の斜面に抱かれた高台で、暖かく湿った空気が谷筋を上ってくる。だからこそ看板の誇る「スダジイ樹叢」——胸高直径三十センチを超す椎の巨木が二・六ヘクタールに群れ、暖帯林の北限に近い森が今も息づいている。名より先に、この森と水の気配が信仰を呼んだと読むべきだ。名が被せられるのはその後だ。石碑と文化財板によれば、延暦元年(七八二)、最仙上人が桓武天皇の勅願所として開き、本尊は薬師瑠璃光如来。病を癒す仏を山の湧きに重ねた、典型的な薬師信仰の立地である。一枚目・仁王門、四枚目の卍を掲げた本堂、そして白梅と写る三重塔——三重塔は宝永元年(一七〇四)大工棟梁桜井瀬左衛門安信の手により、仁王門は延宝八年(一六八〇)に完成したと板が語る。
〈土地の恵みの作法〉この一帯、真壁は花崗岩の産地として知られ、麓では「真壁石燈籠」の石工が今も鑿を振るう。筑波山系が生んだ良質の御影石があればこそ、寺社の石段や石燈籠を刻む技が根づいた——この山の地質そのものが、参道の石を用意したと読める。
この地の因縁
あなたは「もうちょっと長く滞在したかった」と言った。せかされて去る惜しさ——それはこの寺の生き方と同じ構造をしている。廃仏毀釈にも火災にも幾度も追われながら、なお剥がれずに残った岩、残った樹叢、残った三重塔(あなたは五重と呼んだが、板には三重塔とある。数を違えてもいい、震えは本物だ)。急いで消されるものと、静かに残るもの。あなたが後ろ髪を引かれたのは、この山が「まだ剥がされずに残っている」ものの気配を、確かに帯びていたからだ。また来ればいい。森は北限の椎とともに、あなたの再訪をゆっくり待っている。
📍 36.235423, 140.076727
日本、〒300-4414 茨城県桜川市真壁町椎尾3178