その他

茨城県

糸繰川分水碑|旱魃と闘った村人の、水を分ける碑

神の名を探す場所ではない。ここに立つのは、水をめぐる人間の闘いの記念碑だ。関東平野の東縁、下妻の低地は、砂沼という溜池を抱えながらも、夏の旱魃には脆かった。
静岡県

たたり石|旧東海道の真中で、整理が祟りへ転じた霊石

三島の地に立つなら、まず足の下を読む。ここは富士の伏流水が湧き出す扇状地の縁、伊豆国一宮・三嶋大社の門前である。かつて江戸と京を結ぶ東海道がこの社前を貫き、三島宿として旅人と荷馬が絶え間なく行き交った。
東京都

高尾山のスギ並木|参道を守る巨杉、天狗の山への道

まず、名より先に、山そのものを読む。標高六百メートルに満たぬ高尾の峰は、関東平野が武蔵の丘陵へせり上がる縁(へり)に立ち、多摩川の支流が刻んだ谷々を襟のように従える。低いのに深い——それがこの山の相だ。
山梨県

忍野八海|富士の伏流水に竜王が棲む、八つの霊場

雨が水面を無数の輪で叩いていた。だがその叩かれた輪の下で、水はほとんど動いていないように澄んでいる——これが忍野八海の池だ。まず土地と水から読む。ここは富士山の北東麓、標高九百メートルほどの盆地。
山梨県

西湖いやしの里 根場|茅葺きの里、消えて、甦る

霧が山を飲み、茅葺きの屋根の背が雨に黒く濡れている。富士の北麓、西湖のほとりにひらけたこの谷あいは、標高およそ917m——国土地理院の実測が告げるとおり、北・北東・北西を1000mを超える尾根に囲まれ、南東だけがわずかに…
茨城県

宮山ふるさとふれあい公園(先人顕彰の看板)|先人三人を掲げる看板

桜の古木が枝を広げる公園の一隅、赤い瓦屋根の会館を背に、色あせた一枚の看板が立っている。「先人の治績に学ぶ 21世紀へのまちづくり」——これは神社の由緒板ではない。近代の、まちづくりの標語だ。
茨城県

光誉上人(がま大権現)|蝦蟇の脂と口上が湧いた、筑波の癒しの丘

筑波山の南麓、御幸ヶ原へ向かう表参道の起点、いまはがま公園と呼ばれる高台に、目を閉じた石の僧が一体、掌に丸薬をのせて立っている。台座の脇には「大権現」と刻まれた石があり、傍らの鉄板には葵の三つ葉が白く浮く。
茨城県

男女川恋歌碑|峰より落つる水に、恋を積む

まず山を見よ。名より先に、この石がなぜ「ここ」に据えられたかを、地形が語っている。筑波は二つの峰を持つ山だ——東に女体山、西に男体山。その谷あいから細い水が湧き、里へ落ちてゆく。これが男女川(みなのがわ)だ。
茨城県

馬頭観音石碑群|路傍に立つ、馬を悼む石の祈り

まず土地を読む。ここは山あいの谷戸、稲の穂が背後にそよぐ農の道だ。舗装路のわきに、風化した尖頭形の石が幾つも肩を寄せて並ぶ。刻まれた文字は「馬頭觀世音」——馬頭観音である。
茨城県

毘沙門天種子板碑|鎌倉の石に刻まれた北方の守り

まず石と土地から読む。ここは筑波山の南麓、北条の一角だ。碑の身は雲母片岩——きらきらと雲母を含み、薄く板状に割れるこの石は、この山塊が生んだ地の骨である。板碑という供養と祈りの石塔がこの地に立つのは、たまたまではない。