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由緒大辞典

KAMI-LEGACY

土地の由緒を、種別・神仏・主題・地域から引く。
原文(由緒板の写し)と、AIの読みは分けて扱う。

84 由緒あり / 84 うち原文取得済み
種別 全て その他13 古墳9 城址1 18 神社40 遺跡3
主題 神仏習合9 山岳信仰6 鎮魂6 天神信仰5 前方後円5 横穴式石室5 律宗4 忍性4 筑波山4 阿弥陀信仰4 道祖神4 地蔵信仰3 磐座3 稲荷3
神仏 ✕ 勢至菩薩 阿弥陀如来8 地蔵菩薩4 宇迦之御魂神3 菅原道真3 薬師如来2 火産霊神2 大国主命2 岐神(くなどのかみ)2 天鳥船神(あまのとりふねのかみ)2 住吉三神(上筒男神・中筒男神・底筒男神)2 応神天皇(八幡神)2 稚産霊神2 勢至菩薩2
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2件 神仏「勢至菩薩」 で絞り込み

常願寺[寺]
📍 日本、〒304-0031 茨城県下妻市高道祖304 0031 2026-08-24
— 由緒板の原文(読めた字)県指定文化財 彫刻 金銅 阿弥陀如来三尊像 3躯 指定年月日 昭和37年2月26日 所在地 下妻市大字高道祖 管理者 常願寺 本尊(中尊) 阿弥陀如来 金銅製 高さ 44.2センチメートル 脇待 観音 〃 〃 29.9センチメートル 勢至 〃 〃 29.7センチメートル 常願寺は真言宗豊山派の寺。号は慈国山阿弥陀院。本堂に本尊として安置されている。古来雨ごいの阿弥陀三尊として名高い。 典型的な善光寺式三尊像である。中尊台座は当初のものが残るが、脇待台座は失われ光背も後補。とも…
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県指定文化財 彫刻 金銅 阿弥陀如来三尊像 3躯 指定年月日 昭和37年2月26日 所在地 下妻市大字高道祖 管理者 常願寺 本尊(中尊) 阿弥陀如来 金銅製 高さ 44.2センチメートル 脇待 観音 〃 〃 29.9センチメートル 勢至 〃 〃 29.7センチメートル 常願寺は真言宗豊山派の寺。号は慈国山阿弥陀院。本堂に本尊として安置されている。古来雨ごいの阿弥陀三尊として名高い。 典型的な善光寺式三尊像である。中尊台座は当初のものが残るが、脇待台座は失われ光背も後補。ともに頭、体部を一鋳に作り、中尊両手首、脇待両肩先を蟻柄差しとする。鋳技優れ美麗な像容であるが、表現はやや硬い。 製作年代は室町時代に入ると思われる。1864(元治1)年天狗党の兵火により、堂宇、古文書などすべて焼失したが、当時の住職宥雅和尚の機転により難をまぬがれたという。 平成3年3月 下妻市教育委員会
新善光寺[寺]
📍 日本、〒300-4541 茨城県筑西市松原432 2026-08-23
— 由緒板の原文(読めた字)如體山 廣嶋院 新善光寺 本尊 缶三尊阿弥陀如来(阿弥陀佛・観音・勢至菩薩) 宗派 時宗・一遍上人開祖(本山は神奈川県 遊行寺) 教典 無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経・六時礼讃 など 教義 南無阿弥陀佛を唱える〔以下一部判読不能〕大慈悲の阿弥陀佛に帰命する只今の念佛が一番大事なことです。〔中略〕極楽浄土への道はそこに開かれるとする教えです。 開山 解意阿観鏡上人(八田七郎朝勝公)〔一二七八年〕父、八田朝家公の菩提の為、十三歳で出家。証空上人に学び、一遍上人の知遇を得て、奥義を…
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如體山 廣嶋院 新善光寺 本尊 缶三尊阿弥陀如来(阿弥陀佛・観音・勢至菩薩) 宗派 時宗・一遍上人開祖(本山は神奈川県 遊行寺) 教典 無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経・六時礼讃 など 教義 南無阿弥陀佛を唱える〔以下一部判読不能〕大慈悲の阿弥陀佛に帰命する只今の念佛が一番大事なことです。〔中略〕極楽浄土への道はそこに開かれるとする教えです。 開山 解意阿観鏡上人(八田七郎朝勝公)〔一二七八年〕父、八田朝家公の菩提の為、十三歳で出家。証空上人に学び、一遍上人の知遇を得て、奥義を相承し、後の時宗十二派の一つ「解意派」を起こす。一二九三年十月、八十八歳にて往生する。 道場 観鏡上人の舎兄、宍戸家政公の本領、宍戸山尾〔現在の友部町〕に一二三九年造営〔中略〕宍戸氏十四代安芸守義長公が海老ヶ島の郷(現在地)に移城するのに伴い、三十一世朝阿林外上人が道場を当地に移す。 勅額と御綸旨 建武元年(一三三四)二月、後醍醐天皇の新政に功〔中略〕小田氏一門の寺として「解意一派・新善光寺」の勅額を賜される。また、応永十九年(一四一二)十月、後小松院より「代々紫衣と定阿を用いること」という御綸旨を下賜される。 平成七年七月吉日建之