宮山観音堂[Temple]
📍 日本、〒300-4504 茨城県筑西市宮山500−4 2026-09-04
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)市指定有形文化財
宮山観音堂
平成十四年十一月十五日指定
桁行(間口)三間、梁間(奥行)三間、寄棟造、向拝一間、茅葺(鉄板で覆う)
宮山観音堂の創立は明らかでありませんが、江戸時代には鹿島神社の本地仏である十一面観音を祀り、とくに牛馬の安全を護る仏として崇敬されていました。明治の神仏分離によって所属していた無量院が廃寺になり、観音堂は鹿島神社の末社駒形神社となりました。
現在の建物は享保八年(一七二三)上棟の棟札があって、様式手法上もその時の建立とみられます。大工棟梁は箱田…
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市指定有形文化財
宮山観音堂
平成十四年十一月十五日指定
桁行(間口)三間、梁間(奥行)三間、寄棟造、向拝一間、茅葺(鉄板で覆う)
宮山観音堂の創立は明らかでありませんが、江戸時代には鹿島神社の本地仏である十一面観音を祀り、とくに牛馬の安全を護る仏として崇敬されていました。明治の神仏分離によって所属していた無量院が廃寺になり、観音堂は鹿島神社の末社駒形神社となりました。
現在の建物は享保八年(一七二三)上棟の棟札があって、様式手法上もその時の建立とみられます。大工棟梁は箱田村(現笠間市)の藤田孫平次で、同人は享保十七年建立の小山寺楼門(岩瀬村)の棟梁を務め、宝永八年(一七一一)建立の新勝寺三重塔(千葉県成田市)にも関わっています。
中規模の三間仏堂で、様式は和様(床・縁を設ける、長押を付ける、軒を平行垂木とするなど)と禅宗様(組物を詰組とするなど)が混ざり合っています。向拝回りや内部の内陣外陣境を飾る彫物、頭貫の懸鼻などに特色があります。なかでも、向拝虹梁上に馬の彫物がみられるのは珍しく、内部欄間の七福神の彫物とともに当時の人々の信仰を反映したものといえます。
筑西市教育委員会