六所皇大神宮霊跡地[Shrine]
📍 日本、〒300-4211 茨城県つくば市臼井2047 2026-08-21
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)【金属板(修徳碑)】
修徳碑
六所皇大神宮霊跡縁起
六所神社は関東唯一の名社にして筑波神社と同一社なり 古来里の宮御座替りの宮と称し筑波の祭事を執行せし神社なり 全社は往古伊勢神宮の分社として遠近臣民の崇敬深く伊勢大廟の代拝所となせし由緒赫々たる霊域なり 人皇九代開化天皇廿八年正月勅あり夏冬の祭日を定めらる 夏至と冬至は山上の宮と里の宮との神霊遷座の式を行い里の宮の天照大神の更衣を執行し奉る 神御衣祭なり 神社は歴代天皇の崇敬深く人皇十三代成務天皇の朝〔判読不能〕波国造に封…
▽ Read the full transcription
【金属板(修徳碑)】
修徳碑
六所皇大神宮霊跡縁起
六所神社は関東唯一の名社にして筑波神社と同一社なり 古来里の宮御座替りの宮と称し筑波の祭事を執行せし神社なり 全社は往古伊勢神宮の分社として遠近臣民の崇敬深く伊勢大廟の代拝所となせし由緒赫々たる霊域なり 人皇九代開化天皇廿八年正月勅あり夏冬の祭日を定めらる 夏至と冬至は山上の宮と里の宮との神霊遷座の式を行い里の宮の天照大神の更衣を執行し奉る 神御衣祭なり 神社は歴代天皇の崇敬深く人皇十三代成務天皇の朝〔判読不能〕波国造に封せられ祭政一致の政務に基き奉仕せし以来大化二年の新政発布に到る其子孫奉仕せられたり 降て人皇五十代桓武天皇の朝征夷大将軍坂上田村麿奥州を征討し凱旋奉告の際社殿を造営し大同二年宝庫を建立し全将軍は石村大華衣を奉献す
〔以下判読不能〕
【木札】
天照皇大神 御腰掛の石
天照皇大神は筑波山へご降臨された伊弉諾尊伊弉冉尊の御子であります ご両親が祀られた筑波山南麓の里で幼少期を過ごされ後に伊勢へ遷られたと伝えられていますこの石は天照皇大神が御腰掛けになられたと言われる霊石です
我が身をば伊勢の神路に遷せども心は父母の筑波嶺の里
と幼い頃の筑波を想い詠まれたとされる御歌が残っています 明治の末までこの地にあった六所神社は六所皇大神宮とも称せられ御座替の宮として神御衣祭が執り行なわれていました 伊勢神宮の代拝所として関東一円の人々から広く崇敬されたのであります