旧息栖神社(元息栖)[Shrine]🏛 国史見在社
📍 日本、〒314-0114 茨城県神栖市日川4199−3 2026-08-29
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)息栖神社の歴史
現在の息栖神社は、その昔、日川に鎮座していました祠を、大同二年(八〇七年)、右大臣藤原内麿が勅命に依り現在地の息栖に遷座したと伝承されております。日川地区に鎮座していた当時の息栖神社が、なんという名で呼ばれていたかについては確かではありませんが史書「三代実録」には、仁和元年(八八五年)「於岐都説神(おきつせのかみ)従五位下を授けられる」と記されており、これが旧息栖神社のことではないかと推定されています。
この祭神の名称からは、川の中州、水辺に位置する神社と…
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息栖神社の歴史
現在の息栖神社は、その昔、日川に鎮座していました祠を、大同二年(八〇七年)、右大臣藤原内麿が勅命に依り現在地の息栖に遷座したと伝承されております。日川地区に鎮座していた当時の息栖神社が、なんという名で呼ばれていたかについては確かではありませんが史書「三代実録」には、仁和元年(八八五年)「於岐都説神(おきつせのかみ)従五位下を授けられる」と記されており、これが旧息栖神社のことではないかと推定されています。
この祭神の名称からは、川の中州、水辺に位置する神社という印象が想起されますが、このことは、祭神が岐神(くなどのかみ)天鳥船神(あまのとりふねのかみ)、住吉三神(上筒男神、中筒男神、底筒男神)という、海にまつわる神々であることに結びつきます。事実、日川地区内の遺跡からは平安時代の遺物等が発見されており、この神社を祀り、水上交通の安全を祈願したと思われる人々が居住していたことが確認されています。
息栖神社は、鹿島神宮、香取神宮と共に、東国三社の一つに称され、歴史の古い由緒ある社として、御神威は広く関東、東北一円にわたり地域住民からも地区の氏神として崇敬されています。
令和三年三月 神栖市教育委員会