下羽黒神社[神社]
📍 日本、〒308-0021 茨城県筑西市甲37 2026-08-15
— 由緒板の原文(読めた字)下館初代城主水谷氏尊崇の神社
下羽黒神社
筑西市大町甲三七番地
七羽黒神社の中心の神社。文明十年(一四七八)水谷左近将監勝氏(初代)が結城家より独立し、下館に築城。三年後の文明十三年(一四八一)羽黒大神を勧請した。
勝氏は、古式により下館城の鬼門の稲野辺村、風門の下岡崎村、病門の外塚村、天門の岡芹村に五つの羽黒神社を創建した。
その後、天文十四年(一五四五)水谷政村(六代)が久下田に築城、鬼門にあたる大根田村と病門にあたる口戸村に羽黒神社を創建した。世に七羽黒と呼ばれている…
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下館初代城主水谷氏尊崇の神社
下羽黒神社
筑西市大町甲三七番地
七羽黒神社の中心の神社。文明十年(一四七八)水谷左近将監勝氏(初代)が結城家より独立し、下館に築城。三年後の文明十三年(一四八一)羽黒大神を勧請した。
勝氏は、古式により下館城の鬼門の稲野辺村、風門の下岡崎村、病門の外塚村、天門の岡芹村に五つの羽黒神社を創建した。
その後、天文十四年(一五四五)水谷政村(六代)が久下田に築城、鬼門にあたる大根田村と病門にあたる口戸村に羽黒神社を創建した。世に七羽黒と呼ばれている。
羽黒神社は境内六千余坪、三十七石を寄進し、水谷家の武運長久、領民の安泰を祈願している。
水谷氏移封後も、松平、増山、黒田、石川等歴代藩主の尊崇篤く、享保十三年(一七二八)黒田直邦が本殿の大改修を行なった。
昭和五年六月郷社に列せられる「下館領内神社寺院附縁起旧跡」には、下羽黒山大権現、別当天台宗、正観院清瀧寺御朱印二十石、水谷家之鎮守、元和四年戊午年建立。水谷伊勢守勝隆、祭礼毎年十月十四日より十七日まで。
尚、平成十四年本殿が茨城県文化財(建造物)に指定。
寄贈 下館商工会議所
〔愛宕神社説明板より〕
愛宕神社
筑西市大町甲三七番地
下羽黒神社境内の西側にある。祭神は伊弉冉尊、火産霊神で往時は西郷谷(現在の羽黒神社付近)の鎮守として世人の尊崇が篤かった。文明十年(一四七八)水谷氏が下館に進出、同十三年(一四八一)羽黒神社を勧請したときに、羽黒神社西側に移した。愛宕神社の御神体は、鎌倉時代の作といわれ、木造彩色で翼をもった異形で珍しいものである。昭和三十八年七月茨城県文化財(彫刻)に指定。〔以下判読一部略〕
寄贈 下館商工会議所