八幡塚[Kofun (burial mound)]
📍 日本、〒300-4353 茨城県つくば市沼田369 2026-08-17
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)茨城県指定 史跡 八幡塚
昭和十二年三月九日指定
本古墳は筑波山麓の低位段丘上に、主軸方向を南南東にして構築された前方後円墳で、桜川流域で最大級の規模の古墳である。前方部は遺存状況が悪かったために昭和五三年度に推定復元されており、後円部頂には八幡社が祀られている。
墳丘復元に先立つ茨城大学の発掘調査によると、全長約九〇m、後円部径約五八m、前方部長約三一m、同先端幅約三五m、後円部は三段、前方部は二段以上の構築で、裾部に葺石や埴輪のあったことが確認された。
〔判読不能〕は八…
▽ Read the full transcription
茨城県指定 史跡 八幡塚
昭和十二年三月九日指定
本古墳は筑波山麓の低位段丘上に、主軸方向を南南東にして構築された前方後円墳で、桜川流域で最大級の規模の古墳である。前方部は遺存状況が悪かったために昭和五三年度に推定復元されており、後円部頂には八幡社が祀られている。
墳丘復元に先立つ茨城大学の発掘調査によると、全長約九〇m、後円部径約五八m、前方部長約三一m、同先端幅約三五m、後円部は三段、前方部は二段以上の構築で、裾部に葺石や埴輪のあったことが確認された。
〔判読不能〕は八幡池から出土したという。写真の人物埴輪〔判読不能〕
築造時期は主体部が未調査のため明確ではないが、墳丘出土の埴輪から、古墳時代後期、六世紀前葉頃と考えられている。〔判読不能〕有力な政治集団が成長、発展した時代である。そのため本古墳は当地方の国造だったとされる阿閉色命の墳墓との説もある。
なお西方約六〇mに横穴式石室を露出する円墳が所在している。
平成八年三月
つくば市教育委員会