
【陽の由緒】ここは石岡市菖蒲沢、杉と広葉樹が層をなす谷戸の斜面に石段が刻まれ、その上に堂が置かれている。参道脇に弁天池を抱くこの地形は、水を祀り薬師に病平癒を託す信仰の器としてまことに適う。看板によれば、この座像は古くから「薬師様」と呼ばれ、菖蒲沢・小幡・椎尾・東成寺の広い地域の人々から信仰を集めてきた。造像はおおむね室町期と推察される。仁王像(金剛力士)は身の丈二メートル十センチ、鎌倉期の作と推察され、憤怒の相をもって薬師を守護し続ける。
【陰の真実】この寺の歴史は、そのまま火の歴史だ。看板は容赦なく火災を並べる——正保三年(一六四六)火災、元禄九年(一六九六)再建、天保十年(一八三九)に山火事により全焼(山門・鐘堂・堂塔・記録書類を焼失)、天保十三年(一八四二)小規模に再建。二度どころか繰り返し灰になり、その都度この地の人々が建て直してきた。胎内の記録も由来も焼け、いつ誰が刻んだかも分からなくなった。
記録した写真





📍 36.192797, 140.168153(日本、〒315-0146 茨城県石岡市菖蒲沢614−1 弁天池)


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