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茨城県

親鸞聖人御舊跡地碑|草に沈む、念仏をひろめた聖の足跡

藪の中に、一基の石碑が立っている。白い地衣類に覆われ、刻まれた文字の大半は苔に呑まれて読めない。それでも上部に「親鸞聖人」、下方に「御舊跡」らしき字がかろうじて浮かぶ。地図はこの石を「親鸞聖人御舊跡地碑」と呼ぶ。
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二十三夜塔|筑波山麓の斜面に残る、月を待つ人々の祈り

竹藪を背にして、三基の石が肩を寄せ合っている。真ん中の一基だけが背筋を伸ばし、残る二基は風化し、苔と地衣に顔を覆われて、もう何が刻まれていたのかも定かでない。中央の石肌に、確かに読める——「二十三夜」。
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浅野長勲夫妻の石像|真壁石に刻まれた、最後の大名と妻の面影

曇天を背に、二体の石像が高い台座の上から町を見下ろしている。片や束帯に烏帽子、笏を手にした男の像、片や打掛をまとい、静かに前を見る女の像。これは神でも仏でもない。
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日本武尊神社|東征の勇者を祀る、常陸の平地の小さな社

筑西市成井、標高およそ三十四メートル——周囲三百メートルを測っても高低差は三メートルに満たない、起伏の少ない平坦な土地だ。山の霊場でも、水を見下ろす高台でもない。
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権現社|海を渡った龍神、丘に祀られる水の権現

まず土地から読む。実測の標高は約二十三メートル、北・北東・南西・西・北西へと地が落ちる台地の縁に、この小さな覆屋は立っている。
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熊野山弥勒院全宗寺|勅願に始まり、火をくぐって残った波切不動の寺

北条の町は、筑波山塊の南西、宝篋山から流れ下る斜面と谷戸のあわいに開けた古い在郷町だ。国土地理院の実測が示すとおり、この不動堂が立つのは標高およそ三十五メートル、北・北東・北西が七十メートル超へせり上がり、南と南西は十五…
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薬師堂|丘の斜面に灯る、薬師の祈りと土に穿たれた穴

つくば市山口、標高およそ六十九メートルの斜面の途中に、この小さな堂は建っている。実測の地形が告げるとおり、北・西・南西へは土地が落ち、東・南東・南へは登っていく。
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熊野神社|死者の霊魂が還る山、名より古い巌(いわ)の祈り

坂の途中である。実測の標高は約五十四メートル、北と北西が八十メートル超に高まり、南と南西は二十メートルを割って落ちていく——つまりこの社は、筑波山麓の尾根が宅地へと崩れ落ちていく斜面の、ちょうど肩のあたりに掛かっている。
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平沢八幡神社|丘の八幡に寄り添う、石の六地蔵

筑波山塊の南、宝篋山の裾に流れ落ちる段丘の途中に、この社は立つ。実測では標高およそ三十九メートル、北と北東が百三十メートル台へ急に高まり、南と西は二十六メートルほどへ沈む——つまり背後に山を負い、前に里を見おろす、まさに…
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日向廃寺跡|平等院を映した、多気一族の阿弥陀浄土

夏草に沈んだ平地に、礎石がぽつりと二つ、三つ。標高はおよそ三十メートル、南へゆるく落ち、北へ高まる段丘の途中である。背後には筑波の山塊が控え、眼下に北条の町が広がる——水が引ける緩斜面、人の集まる要の地だ。

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