西湖いやしの里 根場|茅葺きの里、消えて、甦る

西湖いやしの里 根場

霧が山を飲み、茅葺きの屋根の背が雨に黒く濡れている。富士の北麓、西湖のほとりにひらけたこの谷あいは、標高およそ917m——国土地理院の実測が告げるとおり、北・北東・北西を1000mを超える尾根に囲まれ、南東だけがわずかに低く開ける、まさに斜面の途中に抱かれた窪地だ。水は高きから低きへ、北の尾根から南東へと流れ落ちる。

まず土地と所作から読もう。ずらりと並ぶ急勾配の茅葺き——棟の上に千木めいた交叉木(馬乗り・雀踊りと呼ぶ土地もある)を頂くこの形は、甲斐から信濃にかけての「兜造り」に連なる。屋根裏を幾層にも使えるこの造りが生まれたのは、ただ雪を落とすためだけではない。屋根裏は蚕を飼う座敷だった。甲州は古くから養蚕と絹の地であり、この座標のすぐ脇に「富士山しるく(甲州シルク)」の名が残るのも偶然ではない。富士の裾野は昼夜の寒暖が大きく、桑を育て蚕を養うに向いた——冷涼な山気と清冽な湧き水が、糸を紡ぐ暮らしを支えた。茅葺きの急な角度と深い軒は、雨と雪をいなしながら、人と蚕が同じ屋根の下で冬を越すための、山の知恵の化石である。

この里にあるのは、復元された茅葺きの家々。土地は、恵みと災いを同じ斜面で与える。そしてこの谷は、自らを「いやしの里」と名づけた。

甲州の絹、山の湧き水、兜造りの屋根。ここにあるのは、自然と向き合いながら生きた者たちの、静かな営みの痕跡だ。

記録した写真

📍 35.504558, 138.661286(日本、〒401-0332 山梨県南都留郡富士河口湖町西湖2705)



物語と写真 © KAMI-LEGACY(achoo合同会社)。説明板の原文は各社寺のものです。
ご紹介・引用は歓迎です。出典としてこのページへのリンクを添えてください。全文の転載はご遠慮ください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました