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Dictionary of Origins

KAMI-LEGACY

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Type All Other13 Kofun (burial mound)9 Castle ruins1 Temple18 Shrine40 Archaeological site3
Motif 神仏習合9 山岳信仰6 鎮魂6 天神信仰5 前方後円5 横穴式石室5 律宗4 忍性4 筑波山4 阿弥陀信仰4 道祖神4 地蔵信仰3 磐座3 稲荷3
Deity 阿弥陀如来8 地蔵菩薩4 宇迦之御魂神3 菅原道真3 薬師如来2 火産霊神2 大国主命2 岐神(くなどのかみ)2 天鳥船神(あまのとりふねのかみ)2 住吉三神(上筒男神・中筒男神・底筒男神)2 応神天皇(八幡神)2 稚産霊神2
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埴山姫命2 木花開耶姫命2 観音菩薩2 勢至菩薩2 一言主大神2 素戔嗚1 木花咲耶姫命1 不動明王1 弘法大師(遍照金剛)1 羽黒大神1 伊弉冉命1 愛宕神1 天照大神1 天穂日命1 別雷命1 於岐都説神(おきつせのかみ)1 雷大神(別雷神)1 須佐之男命(津島大神)1 菅原道真(天満宮)1 稲荷神(宇迦之御魂神)1 田の神1 牛頭天王(天王宮)1 少彦名命1 大己貴命1 宇気母知神(保食神)1 伊邪那岐命1 伊邪那美命1 市杵嶋姫命1 須佐之男命1 金山比古命1 八幡神1 天御鉾命1 イザナギノミコト1 天御中主神1 国常立尊1 筑波男神(伊弉諾尊)1 筑波女神(伊弉冉尊)1 弥勒菩薩1 鹿島明神(武甕槌)1 白鳥明神1 弁天1 天照皇大神1 伊弉諾尊1 伊弉冉尊1 六神(六祖神霊)の荒御魂1 司官御霊1 蔵王権現1 志那都比売神1 中筒男神1 志那都比古神1 猿田比古神1 木花咲耶姫神1 武甕槌命1 建御名方命1 事代主命1 毗那良珠命1 天神(天神社)1 道祖神1 大山咋神1 道祖神(塞の神)1 猿田彦命1 日本武尊1 毘沙門天(多聞天)1 波切不動明王1 弘法大師1 天満大自在天神1 稲荷尊1 大弁財天1 熊野権現1 馬頭観音1 清龍権現1 素戔嗚尊1 イワナガヒメ(磐長姫)1 がま大権現(光誉上人)1 十一面観音1 六道能化地蔵菩薩1 三宝荒神1 大山祇命1 積羽八重事代主神1 市杵島姫命1
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84 records (showing 41–60)

平沢一号墳[Kofun (burial mound)]
📍 日本、〒300-4213 茨城県つくば市平沢582 2026-08-24
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)平沢一号墳(ひらさわいちごうふん) 四基が現存する平沢古墳群の一つで、通称を開山岩屋(かいざんいわや)という。墳丘の規模や形は不詳であるが、横穴式石室の一部で遺体を納めた後室が〔判読不能〕。入口の玄門を精美に加工する特徴〔判読不能〕、7世紀中葉~後半頃(古墳時代)の築造が推測される。なお、この玄〔判読不能〕の築造が推測される。〔判読不能〕仏教の影〔判読不能〕「法華一字一石経 雲外謹書」〔判読不能〕この古墳が一字〔判読不能〕傍らに〔判読不能〕神社が立ち〔判読不能〕蓮弁を表現し…
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平沢一号墳(ひらさわいちごうふん) 四基が現存する平沢古墳群の一つで、通称を開山岩屋(かいざんいわや)という。墳丘の規模や形は不詳であるが、横穴式石室の一部で遺体を納めた後室が〔判読不能〕。入口の玄門を精美に加工する特徴〔判読不能〕、7世紀中葉~後半頃(古墳時代)の築造が推測される。なお、この玄〔判読不能〕の築造が推測される。〔判読不能〕仏教の影〔判読不能〕「法華一字一石経 雲外謹書」〔判読不能〕この古墳が一字〔判読不能〕傍らに〔判読不能〕神社が立ち〔判読不能〕蓮弁を表現したものとする見解もある。
北条中台古墳群 第1号墳[Kofun (burial mound)]
📍 日本、〒300-4231 茨城県つくば市北条1363 2026-08-24
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)北条中台古墳群 第1号墳 6世紀末〜7世紀前半に築造された古墳で、墳丘は長い年月の中で失われ、横穴式石室のうち遺体を葬った玄室が露出しています。玄室内は長さ4.1m、幅2.6m、高さ1.5m以上で、筑波山南麓では最大級の規模です。長さ4mを超える巨石の使用も特筆されます。地域の最有力者の墓と考えられ、『常陸国風土記』に登場する「筑波国造」との関係が注目されます。 石材は北側の平沢地区の山地で採取できる黒雲母片岩で、板状に割りやすい特性から、霞ケ浦・鬼怒川沿岸の広い範囲で古墳の…
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北条中台古墳群 第1号墳 6世紀末〜7世紀前半に築造された古墳で、墳丘は長い年月の中で失われ、横穴式石室のうち遺体を葬った玄室が露出しています。玄室内は長さ4.1m、幅2.6m、高さ1.5m以上で、筑波山南麓では最大級の規模です。長さ4mを超える巨石の使用も特筆されます。地域の最有力者の墓と考えられ、『常陸国風土記』に登場する「筑波国造」との関係が注目されます。 石材は北側の平沢地区の山地で採取できる黒雲母片岩で、板状に割りやすい特性から、霞ケ浦・鬼怒川沿岸の広い範囲で古墳の石棺や石室に多く使用されました。 令和6年(2024年)3月 つくば市教育委員会
六社神社[Shrine]
📍 日本、〒300-4235 茨城県つくば市泉2686 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)正徳元年九月吉日 奉寄進 〔以下判読不能〕
水守城跡[Castle ruins]
📍 日本、〒300-4245 茨城県つくば市水守660−1 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)奈良・平安時代の筑波 桓武天皇 葛原親王 高見王 高望王 国香(本名 良望)―真盛―維叙 繁盛―維将―維時―直方(北条氏ノ祖) 兼任―維衡―正度―正衡 正盛―忠盛―清盛 忠正 良兼―公雅・公連・公元 良将―将持・将弘・将門・将頼・将平・将文・将武・将為 良広/良孫(縁) 良文―忠輔・宗平―実平(土肥次郎)・忠道・忠光・忠頼―忠恒―恒将―常永―常胤(千葉介) 良持(村) 良茂―良正 致頼/致成―景成―景正(鎌倉権五郎)/公義―為次―義次―義明(三浦太郎)/公雅 (将門記ニ八 高…
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奈良・平安時代の筑波 桓武天皇 葛原親王 高見王 高望王 国香(本名 良望)―真盛―維叙 繁盛―維将―維時―直方(北条氏ノ祖) 兼任―維衡―正度―正衡 正盛―忠盛―清盛 忠正 良兼―公雅・公連・公元 良将―将持・将弘・将門・将頼・将平・将文・将武・将為 良広/良孫(縁) 良文―忠輔・宗平―実平(土肥次郎)・忠道・忠光・忠頼―忠恒―恒将―常永―常胤(千葉介) 良持(村) 良茂―良正 致頼/致成―景成―景正(鎌倉権五郎)/公義―為次―義次―義明(三浦太郎)/公雅 (将門記ニ八 高望王ノ子) 田水山小学校沿革 明治10年 3月16日 田水山村大字田中竹ノ下513番地ニ小学校ヲ創立田中小学校ト称 明治18年 3月 5日 水守小学校ト称スルヲ合併 明治19年 3月31日 西田中小学校ト改称 明治22年 3月31日 田水山尋常小学校ト改称 明治43年 5月27日 田水山〔判読不能〕
船宮神社[Shrine]
📍 日本、〒300-4241 茨城県つくば市上菅間237 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)〔本殿脇木札〕御祭神 志那都比売神 中筒男神 志那都比古神 猿田比古神 〔末社木札〕稲荷神社 御祭神 宇迦之御魂神 〔末社木札〕子安神社 御祭神 木花咲耶姫神(このはなさくやひめのかみ) 〔記念碑〕船宮社殿屋根銅板葺替え工事 総事業費 四百参拾萬円 施工業者 古宇田建築 工事期間 令和三年三月〜七月
石田山 長光寺[Temple]
📍 日本、〒300-4521 茨城県筑西市東石田1070−6 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)平 国香(たいらの くにか) 国香の父である高望王は寛平元年(八八九)平姓を賜り、上総介として東国(関東)に下り、上総下総常陸にわたり広大な私有地を開き、これらを諸子に分け与え長男の良望(国香)には常陸国真壁郡石田(東石田)が与えられました。 国香は父高望王亡きあと、常陸大じょう鎮守府将軍に就き一族の長として、筑波郡、真壁郡、新治郡一帯の統治を征されることになりました。 国香が住んでいた真壁郡石田・(東石田)は、東は開けた田面と筑波川(桜川)をへだてて筑波の霊峰に対し、西は…
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平 国香(たいらの くにか) 国香の父である高望王は寛平元年(八八九)平姓を賜り、上総介として東国(関東)に下り、上総下総常陸にわたり広大な私有地を開き、これらを諸子に分け与え長男の良望(国香)には常陸国真壁郡石田(東石田)が与えられました。 国香は父高望王亡きあと、常陸大じょう鎮守府将軍に就き一族の長として、筑波郡、真壁郡、新治郡一帯の統治を征されることになりました。 国香が住んでいた真壁郡石田・(東石田)は、東は開けた田面と筑波川(桜川)をへだてて筑波の霊峰に対し、西は大森林地帯、更に西には鳥羽の淡海が漫々と水をたたえており、この地に荘園を持ち、その中心地に居館を構え、村人たちの生活をより豊かにしようと開発勧農に力を注ぎ、率先して開墾の先頭に立ち指揮をとりました。田畑は徐々に広がり、このあたり一帯が美しい水田に変わりました。 承平五年(九三五)平将門と源護の間に争いが起こり、護に味方した国香は自ら軍を指揮して出動したが将門の精鋭軍に敵せず、石田の居館に逃げ帰ったが、将門軍は追撃激しく石田の居館をおそった。国香は傷をかけられ、舎、宅、ことごとくてん滅されてしまった。承平五年二月四日のことである。東石田には国香の墓、居館跡が伝称されている。 筑西市教育委員会
雲井宮郷造神社[Shrine]🏛 国史見在社
📍 日本、〒300-4515 茨城県筑西市倉持773 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)雲井宮郷造神社(社号標)/雲井宮(鳥居扁額)/奉納・納(鳥居柱)/天神社(境内社扁額)/道祖神(境内社扁額)
日枝神社(山王神社)[Shrine]📜 式内社(比定候補)
📍 日本、〒300-4514 茨城県筑西市山王堂163 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)(写真3・土台石)愛宕神社新築 土台石奉納 柴倉吉 (写真4)日枝神社改築工事寄進者名 〔寄進金額・寄進者名 多数、一部判読不能〕 横浜市 内田克己 長塚工務店 物井板金 昭和五十五年三月三十日竣工 寄附 谷島工務店 (写真5)愛宕神社改築工事寄進者名 土台石 〔寄進金額・寄進者名 多数、一部判読不能〕 平成八年八月 竣工
新善光寺[Temple]
📍 日本、〒300-4541 茨城県筑西市松原432 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)如體山 廣嶋院 新善光寺 本尊 缶三尊阿弥陀如来(阿弥陀佛・観音・勢至菩薩) 宗派 時宗・一遍上人開祖(本山は神奈川県 遊行寺) 教典 無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経・六時礼讃 など 教義 南無阿弥陀佛を唱える〔以下一部判読不能〕大慈悲の阿弥陀佛に帰命する只今の念佛が一番大事なことです。〔中略〕極楽浄土への道はそこに開かれるとする教えです。 開山 解意阿観鏡上人(八田七郎朝勝公)〔一二七八年〕父、八田朝家公の菩提の為、十三歳で出家。証空上人に学び、一遍上人の知遇を得て、奥義を…
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如體山 廣嶋院 新善光寺 本尊 缶三尊阿弥陀如来(阿弥陀佛・観音・勢至菩薩) 宗派 時宗・一遍上人開祖(本山は神奈川県 遊行寺) 教典 無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経・六時礼讃 など 教義 南無阿弥陀佛を唱える〔以下一部判読不能〕大慈悲の阿弥陀佛に帰命する只今の念佛が一番大事なことです。〔中略〕極楽浄土への道はそこに開かれるとする教えです。 開山 解意阿観鏡上人(八田七郎朝勝公)〔一二七八年〕父、八田朝家公の菩提の為、十三歳で出家。証空上人に学び、一遍上人の知遇を得て、奥義を相承し、後の時宗十二派の一つ「解意派」を起こす。一二九三年十月、八十八歳にて往生する。 道場 観鏡上人の舎兄、宍戸家政公の本領、宍戸山尾〔現在の友部町〕に一二三九年造営〔中略〕宍戸氏十四代安芸守義長公が海老ヶ島の郷(現在地)に移城するのに伴い、三十一世朝阿林外上人が道場を当地に移す。 勅額と御綸旨 建武元年(一三三四)二月、後醍醐天皇の新政に功〔中略〕小田氏一門の寺として「解意一派・新善光寺」の勅額を賜される。また、応永十九年(一四一二)十月、後小松院より「代々紫衣と定阿を用いること」という御綸旨を下賜される。 平成七年七月吉日建之
庚申塔[Other]
📍 日本、〒300-4541 茨城県筑西市松原519−2 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)庚申 平成三十〔年〕五月吉日 西中
安倍晴明生誕の地[Other]
📍 日本、〒300-4501 茨城県筑西市猫島762 晴明橋公園 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)晴明橋の由来 かつて、この地に陰陽師・安倍晴明が架けたという石橋があった。「晴明橋」と呼ばれ、地元の人々に親しまれてきた。 当時、観音川流域は湿地帯も多く、大雨が降ると水田が水浸しになり村人達を困らせた。心を痛めた晴明は、地形を利用して橋を架けた。橋は堰堤を兼ねた構造だったともいわれ、以後どんな増水にも耐え、水が橋を越えることがなかったという。 災害を未然に防いだので、村人達から大いに感謝されたという。この橋は、その口承をもとに、橋の一部を再現したものである。 筑西市 〔…
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晴明橋の由来 かつて、この地に陰陽師・安倍晴明が架けたという石橋があった。「晴明橋」と呼ばれ、地元の人々に親しまれてきた。 当時、観音川流域は湿地帯も多く、大雨が降ると水田が水浸しになり村人達を困らせた。心を痛めた晴明は、地形を利用して橋を架けた。橋は堰堤を兼ねた構造だったともいわれ、以後どんな増水にも耐え、水が橋を越えることがなかったという。 災害を未然に防いだので、村人達から大いに感謝されたという。この橋は、その口承をもとに、橋の一部を再現したものである。 筑西市 〔別碑・写真2 表題〕安倍晴明生誕の地 …平安時代…日本一の陰陽師…猫島…阿倍仲麻呂…吉備真備…金烏玉兎集…鹿島神宮…〔以下判読不能〕 明野町 平成十〔判読不能〕年建立 〔別碑・写真4〕元晴明橋石
長見山 妙法寺[Temple]
📍 日本、〒300-4541 茨城県筑西市松原2918 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)日蓮宗 長見山 妙法寺 祖師堂新築浄財 志納金申込受付中 妙法寺
鷺島山西光寺[Temple]
📍 日本、〒300-4531 茨城県筑西市築地221 2026-08-23
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)鷺島山 西光寺 親鸞聖人尊像 日露戰役忠魂碑 明野町指定保存樹 樹種 イチョウ 推定樹齢〔判読不能〕 明野町
蔵王神社[Shrine]
📍 日本、〒300-4211 茨城県つくば市臼井1666 2026-08-22
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)つくば市指定 彫刻 蔵王権現立像 昭和五十九年五月二十四日指定 蔵王権現は、平安時代以来、修験道において信仰されてきた悪魔降伏・済生利益の菩薩である。 本像は小品ながら、なかなか良くつくられている。右腕をあげ拳を握り、左手は腰の位置で独鈷をとり、左足で岩座に立つ動勢の姿態は、しばしば誇張されたものになりがちだが、本像はきわめて手際よくまとめられている。 本像については伝承があり、もと新治村小高の金嶽神社御神体であったという。小田氏滅亡の時、その家臣小高氏が本像を奉持してここ立…
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つくば市指定 彫刻 蔵王権現立像 昭和五十九年五月二十四日指定 蔵王権現は、平安時代以来、修験道において信仰されてきた悪魔降伏・済生利益の菩薩である。 本像は小品ながら、なかなか良くつくられている。右腕をあげ拳を握り、左手は腰の位置で独鈷をとり、左足で岩座に立つ動勢の姿態は、しばしば誇張されたものになりがちだが、本像はきわめて手際よくまとめられている。 本像については伝承があり、もと新治村小高の金嶽神社御神体であったという。小田氏滅亡の時、その家臣小高氏が本像を奉持してここ立野に逃れ、これをまつったと伝える。 桧材寄木造 造高五二cm 平成二年十二月 つくば市教育委員会
六所大神宮[Shrine]
📍 日本、〒300-4212 茨城県つくば市神郡六所 2026-08-21
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)郷土の歴史 六所大神宮 筑波山は天地開闢の始めより諸神鎮座の聖地であり、庶民が素朴に敬意を払う対象としての霊地である。天御中主神・国常立尊を祖神として五穀草木鳥獣も人類の繁盛せしめ〔以下判読困難〕 〔中略・祭神および沿革部分は反射と風化のため大半判読不能〕 六所大神宮古絵図(別碑):宮山/お宝山(亀ヶ丘)/白鳥明神/朝日社/六所大神宮/拝殿/神職屋敷/大宮司屋敷/神宮寺/鹿島明神/弁天・小池/随神門/石鳥居/愛宕/白龍神/御神水/不動/百姓屋敷/田畑なり
六所大仏[Other]
📍 日本、〒300-4212 茨城県つくば市神郡六所 2026-08-21
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)大仏建立の趣旨 世界の平和と日本の安全、 つくば市の発展と郷土の繁 栄を願い六所大仏を建立する 平成十六年十二月吉日 松崎 功 建立 〔歌碑〕 筑波嶺の 岩もとどろに 落つる水 世にもたゆらに わが思はなくに 万葉集 筑波嶺に 雪かも降らる 否をかも かなしき児ろが 布乾さるかも 万葉集 筑波嶺の 新桑繭の 衣はあれど 君がみけしし あやに着欲しも 万葉集 筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞつもりて 淵となりぬる 陽成院
六所皇大神宮霊跡(六所神社)[Shrine]📜 式内社(比定候補)
📍 日本、〒300-4211 茨城県つくば市臼井2047 2026-08-21
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)天照皇大神 御腰掛の石 天照皇大神は 筑波山へご降臨された 伊弉諾尊 伊弉冉尊の御子であります ご両親が祀られた筑波山南麓の里で幼少期 を過ごされ 後に伊勢へ遷られたと伝えら れています この石は天照皇大神が御腰掛 けになられたと言われる霊石です 我が身をば伊勢の神路に遷せども 心は父母の筑波嶺の里 と幼い頃の筑波を想い 詠まれたとされる 御歌が残っています 明治の末までこの地にあった六所神社は 六所皇大神宮とも称せられ 御座替の宮と して神御衣祭が執り行なわれていまし…
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天照皇大神 御腰掛の石 天照皇大神は 筑波山へご降臨された 伊弉諾尊 伊弉冉尊の御子であります ご両親が祀られた筑波山南麓の里で幼少期 を過ごされ 後に伊勢へ遷られたと伝えら れています この石は天照皇大神が御腰掛 けになられたと言われる霊石です 我が身をば伊勢の神路に遷せども 心は父母の筑波嶺の里 と幼い頃の筑波を想い 詠まれたとされる 御歌が残っています 明治の末までこの地にあった六所神社は 六所皇大神宮とも称せられ 御座替の宮と して神御衣祭が執り行なわれていました 伊勢神宮の代拝所として関東一円の人々 から広く崇敬されたのであります 〔金属板・修徳碑より読み取れた範囲〕 六所皇大神宮霊跡縁起 六所神社は関東唯一の名社にして筑波神社と同一社なり 古来 里の宮御座替りの宮と称し筑波の祭事を執行せし神社なり 全社は往古伊勢神宮の分社として遠近臣民の崇敬深く伊勢大廟の代拝所となせし由緒赫々たる霊域なり
新魂宮[Shrine]
📍 日本、〒300-4211 茨城県つくば市臼井2658−15 2026-08-21
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)六神様の荒御魂をお祀りしています 新魂宮(あらたまのみや) 六神様(六祖神霊)の 平和でおだやかな御魂を「和御魂」と申し 時に際し 積極的な活動面にご神威をあらわす御魂を「荒御魂」と申します 新魂宮に健康・安全・勇猛な挑戦など諸願望をご祈念下さい
初酉神社[Shrine]
📍 日本、〒300-4216 茨城県つくば市漆所208 2026-08-20
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)初酉神社 (はっとりじんじゃ) 旧漆所村の村社。祭神は天御鉾命と伝えられる。社号にちなみ,旧十一月の初の酉の日に祭礼を行っている。 「はっとり」の名は姓氏の服部(はっとり)に通じる。伝承はないが,初酉の社号は機織(はたおり)に由来すると考えてよいと思われる。 この地一帯には多くの古墳が在り,古くから人々が住んでいたことが明らかである。その古代の人々が機織をなりわいとしていたことが,そもそもの発祥となったのだろうか。 社地の西側にある古墳は満面塚という。約四十メートルの前方後円…
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初酉神社 (はっとりじんじゃ) 旧漆所村の村社。祭神は天御鉾命と伝えられる。社号にちなみ,旧十一月の初の酉の日に祭礼を行っている。 「はっとり」の名は姓氏の服部(はっとり)に通じる。伝承はないが,初酉の社号は機織(はたおり)に由来すると考えてよいと思われる。 この地一帯には多くの古墳が在り,古くから人々が住んでいたことが明らかである。その古代の人々が機織をなりわいとしていたことが,そもそもの発祥となったのだろうか。 社地の西側にある古墳は満面塚という。約四十メートルの前方後円墳であり,六世紀後半の築造と推定される。
八坂神社[Shrine]📜 式内社(比定候補)
📍 日本、〒300-4231 茨城県つくば市北条102−1 2026-08-19
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)総高二〇一センチ、材は花崗岩である。空風輪がきわだって大きく、火輪は軒の出が浅い。また水輪は角張っている。こうしたこまかい細工にこだわらぬ造形が、かえって堂々とした強さをかもしだしている。 昭和四十六年一月二十八日指定 石造五輪塔 八坂神社の別当は吉祥院であった。この五輪塔はもとその境内にあり、明治の廃仏毀釈の際に、現在地に移されたと思われる。地輪上部に穴が掘られ、その中に経筒がおさめられていた。その銘文は次のようである。 (種子バク) 十羅刹女 常忍北条住人 奉納大衆妙典六…
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総高二〇一センチ、材は花崗岩である。空風輪がきわだって大きく、火輪は軒の出が浅い。また水輪は角張っている。こうしたこまかい細工にこだわらぬ造形が、かえって堂々とした強さをかもしだしている。 昭和四十六年一月二十八日指定 石造五輪塔 八坂神社の別当は吉祥院であった。この五輪塔はもとその境内にあり、明治の廃仏毀釈の際に、現在地に移されたと思われる。地輪上部に穴が掘られ、その中に経筒がおさめられていた。その銘文は次のようである。 (種子バク) 十羅刹女 常忍北条住人 奉納大衆妙典六十六部聖道慶 三十番神 天文六年今月今日 天文六年(一五三七)造立の在銘五輪塔は、県内では新治村の頭白上人五輪塔(永正十二年〈一五一五〉)に次いで、古いものである。しかも、五輪塔が納経塔としてつくられた例は、全国でもめずらしい。 平成元年三月 つくば市教育委員会