平沢官衙遺跡[Archaeological site]
📍 日本、〒300-4213 茨城県つくば市平沢736 2026-08-26
— Verbatim text of the origin-board (Japanese, as legible)一号建物(第一九号建物跡)
遺跡中央部のⅢ期建物の中でもっとも面積が狭い。
古代の文献により、校木を井桁状に組み上げる校倉は、郡衙正倉では中規模以下の倉におおいことが判明している。また、校倉は柱がないため軒先が下がりやすい。ここでは、外周柱穴列を屋根支柱と推定して、校倉で復元した。屋根は校倉建物におおい寄棟としてある。復元に際しては、奈良県の東大寺や唐招提寺に現存する奈良時代の校倉を参考にした。
寄棟・目板打ち厚板流れ葺
二号建物(第一八号建物跡)
本遺跡で最大級のⅢ期の建…
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一号建物(第一九号建物跡)
遺跡中央部のⅢ期建物の中でもっとも面積が狭い。
古代の文献により、校木を井桁状に組み上げる校倉は、郡衙正倉では中規模以下の倉におおいことが判明している。また、校倉は柱がないため軒先が下がりやすい。ここでは、外周柱穴列を屋根支柱と推定して、校倉で復元した。屋根は校倉建物におおい寄棟としてある。復元に際しては、奈良県の東大寺や唐招提寺に現存する奈良時代の校倉を参考にした。
寄棟・目板打ち厚板流れ葺
二号建物(第一八号建物跡)
本遺跡で最大級のⅢ期の建物。
古代の文献により、郡衙において中心的で巨大な正倉は法倉と呼ばれ、土壁構造が多かったと推定されることから、土倉で復元した。現存する古代の土壁の倉として奈良県の法隆寺綱封蔵を参考にしたが、遺跡東南隅のⅡ期52・53号が双倉になる可能性があるため、同蔵と同じ双倉構造とした。屋根は本遺跡の瓦出土量が少なく、瓦葺建物は考えにくいので、茅葺にした。
寄棟・茅葺
三号建物(第三三号建物跡)
2号建物とともに本遺跡で最大級のⅢ期の建物。
発掘調査で発見される掘立柱建物は、1柱穴1柱がふつうだが、本建物では側柱穴に2本の柱痕跡が見つかった。これは、1本は床上まで伸びて桁・梁を支える通し柱、もう1本は床を支える添束(柱)と考えられるため、柱のあいだに板壁を落とし込む板倉で復元した。屋根は軒の出が短い切妻とした。古代の文献では、郡衙正倉はこの板倉がもっとも多い。
切妻・栩板葺