薬師寺[寺]
📍 日本、〒315-0146 茨城県石岡市菖蒲沢614−1 弁天池 2026-08-10
— 由緒板の原文(読めた字)市指定文化財
薬師如来像
指定日 昭和四十三年三月十五日
この座像は昔から「薬師様」と呼ばれているが、この座像の形態は釈迦像に類し、真の薬師如来像は、しかしその座像の胎内に在ったといわれていた、その真偽は不詳であるが、筑波四面の薬師(菖蒲沢・小幡・椎尾・東成寺)と称し広い地域の人々より信仰されていた。座像は二度の火災から村人に救われたが、記録を焼失し由来も不詳。概ね室町期の作と推察される。
仁王像
指定日 昭和四十七年十一月七日
この仁王像も二度の火災から難を救われた…
▽ 原文をすべて読む
市指定文化財
薬師如来像
指定日 昭和四十三年三月十五日
この座像は昔から「薬師様」と呼ばれているが、この座像の形態は釈迦像に類し、真の薬師如来像は、しかしその座像の胎内に在ったといわれていた、その真偽は不詳であるが、筑波四面の薬師(菖蒲沢・小幡・椎尾・東成寺)と称し広い地域の人々より信仰されていた。座像は二度の火災から村人に救われたが、記録を焼失し由来も不詳。概ね室町期の作と推察される。
仁王像
指定日 昭和四十七年十一月七日
この仁王像も二度の火災から難を救われたが由来も製作者も不詳である。憤怒の様相より鎌倉期またはそれ以後の作と推察される。身大二m十cm 顔面と手足の一部に破損を見るが仁王像としての形態を保ち 今も薬師様守護の任を果たしている。
薬師寺の火災
伝承によると大同年間に建立
正保三年(一六四六)火災
元禄九年(一六九六)再建
天保十年(一八三九)山火事により全焼 山門・鐘堂・堂塔・記録書類を焼失
天保十三年(一八四二)小規模に再建
石岡市教育委員会