
枝垂れ桜の葉が水面に触れ、鳩が石垣に降り立つ——この静かな池は、ただの庭池ではない。看板は「神池」と名を掲げ、天長四年(八二七)に水が渇れて天下が大旱に見舞われたこと、神官の訴えを受けて朝廷が三嶋神殿で澪祭(雨乞)を行わせたこと、そして六月十一日から十五日まで大雨が降ったことを、『類聚国史』を引いて記す。ここは三嶋大社——伊豆国一宮の境内であり、その水の記憶が刻まれた場所だ。
その上に、誰の名が祀られているか。三嶋大社の祭神は大山祇命と積羽八重事代主神——併せて三嶋大明神と称される。大山祇命は山と火の神、伊豆の火山島々を統べる者。もう一柱の事代主神は、記紀において大国主の子として登場し、国譲りの段で釣りの最中に問われ、船を踏み傾けて海に隠れた神だ——すなわち、天孫に地を譲って退いた側の声である。海と託宣の神でありながら、勝者の物語のなかでは「譲った者」として描かれる。この水辺に、譲りの神が静かに祀られていることは、その来歴を反映している。
看板はさらに時を下り、元暦二年(一一八五)八月、源頼朝が神池において放生会を行い、その際に糠田郷・長崎郷を三嶋社の料と定めたことを『吾妻鏡』から引く。伊豆に流された頼朝が挙兵の前に祈願を重ねた社が三嶋大社であり、平家追討を成し遂げたのち、この池で生き物を放つ供養(放生会)を営んだ——雨乞いの池が、今度は殺生を償い命を放つ場へと重ねられていく。旱天に雨を乞う古い水の祈りと、武家が戦の血を鎮める中世の祈りが、同じ水面に映り込んでいる。
記録した写真

📍 35.121964, 138.919403(日本、〒411-0035 静岡県三島市大宮町2丁目1)
物語と写真 © KAMI-LEGACY(achoo合同会社)。説明板の原文は各社寺のものです。
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