
【陽の由緒】
まず土地から読む。ここは筑波市泉、筑波山塊の南麓にほど近い里の縁だ。竹林と雑木が迫り、石垣と黒い鉄扉に囲われた一画に、数基の石碑と墓標が並んでいる。由緒板は掲げられておらず、碑面の刻字は光と苔に潰れて読み取れない(判読不能)。だが今日ここに立った人は、これを「天狗党のお墓」と名指した(現地証言)。
この証言は、土地とよく響き合う。元治元年(1864年)三月、水戸藩の尊王攘夷の急進派——世に天狗党と呼ばれた者たちは、筑波山に挙兵に関わるものとして伝わる。この座標はその足元の里にあたる。祭神を持つ社ではなく、人を葬り、記憶を留めるための場だ。
【陰の真実】
この場所の沈黙は重い。碑面が読めないこと、由緒板が無いこと、それが何を意味するかは、この石碑の刻字が明らかになるまで、確認の外にある。
📍 36.174369, 140.078033(日本、〒300-4235 茨城県つくば市泉2433−1)


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