
【陽の由緒】
まず土地を読む。ここは筑波山の南東、桜川水系が刻んだ低地に開けた稲田のただ中だ。写真の主役は、黄金の穂波に囲まれて盛り上がる、竹と灌木に覆われた一つの塚——周囲の平らな田より明らかに高く、耕されずに残された島のような高まりである。田を拓く者は普通、邪魔な高まりを削って平らにする。それを削らず、木立ごと数百年残したなら、そこには「触れてはならない」という記憶が働いている。関東平野の田園に、こうして削られず残る樹叢の小丘は、多くが古墳の残丘だ。訪れた人が「大塚」と呼んだこと自体、この土地が古くからこの塚を大きな塚=墓として認識してきた証といえる(source=現地証言)。site_type を古墳と読むのは、板の文字ではなく、この地形と佇まいからの推論である。
〈土地の恵みの作法〉筑波山麓のこの一帯は、山から流れ下る清冽な水と、盆地状の寒暖差に恵まれた米どころだ。写真の穂の実り具合を見れば、なぜ人がこの低地に張りついて田を営み続けたかがわかる。
記録した写真

📍 36.199467, 140.100692(日本、〒300-4211 茨城県つくば市臼井2460)


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