
杉の霧が尾根を這い、朱の柱が濡れて光る。ここは高尾の山ふところ、薬王院の大師堂だ。
説明板は建物そのものの由緒を厳しく淡々と語る。延宝五年(一六七七)、薬師堂が炎上した折にこの堂も類焼し、その後に再建されたと推定される——確実な建立年代の資料は「欠いている」と、板は正直に告げる。埋めない誠実さだ。注目すべきは、板が引く『新編武蔵風土記稿』の一行——「当時は大日堂と称し」。つまりこの堂は、かつて大日如来を祀る大日堂であった。その堂が、いま「大師堂」と名を替えている。板が「古様式を墨守する流派の存在を示す」と評すのも味わい深い——新しさへ流れず、古い形を頑なに守り継いだ者たちがいた、その手の記憶が虹梁や海老梁の彫りに残っている。時代に飲まれず古い声を絶やさなかった、名もなき工人たちの意地である。
消えたものを、なかったことにはしない。薬師堂を焼いた延宝の火は、この堂をも舐めた。大日堂という名も、三度の大改修と移築のなかで表舞台から退いた。だが退いた大日は消されたのではない。堂は形を保ち、名を替えてなお祀られ続け、いまも銅板葺の宝形屋根の下で香煙を上げている。
記録した写真

📍 35.626011, 139.250411(日本、〒193-0844 東京都八王子市高尾町2177)
物語と写真 © KAMI-LEGACY(achoo合同会社)。説明板の原文は各社寺のものです。
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