
まず、名より先に、山そのものを読む。標高六百メートルに満たぬ高尾の峰は、関東平野が武蔵の丘陵へせり上がる縁(へり)に立ち、多摩川の支流が刻んだ谷々を襟のように従える。低いのに深い——それがこの山の相だ。暖温帯の照葉樹と冷温帯のブナ帯が肩を接し、木々の種が異様に濃い。人はこの「境目の山」に、古くから畏れを見た。境目とは、俗と聖、里と天の分かれ目である。だから道は、ただの登山路ではない。ここは参道だ。
その参道の両脇に、看板の言う十数本の巨杉が立っている。幹周り五・六メートル、高さ四十七メートル——見上げれば首が痛む。これらは自然に生えたのではなく、薬王院の境内へ向かう参道に「植えられた」ものだと看板は明記する。つまりこの杉並木は、人が山の神へ捧げた列柱であり、生きた鳥居でもある。写真の朱塗りの灯籠が根方に寄り添うのも、木そのものが聖なる標(しるべ)として扱われてきた証だ。日本人は、まっすぐ天へ伸びる杉に神の依り代を見た。杉並木を歩くとは、木の柱の間を縫って、少しずつ天へ近づく所作にほかならない。
では、この道の先に誰が待つのか。看板は樹木の由緒に徹し、神仏の名を一字も刻まない。だからここでは祭神・本尊を確かなものとして立てない——読めぬものを埋めるのは、この仕事の最大の失敗だからだ。ただ、参道の行き着く高尾山薬王院有喜寺が、真言宗智山派の名刹であり、中世以来この山を修験の道場としてきたことは、広く知られる史実として添えておく(source=伝承)。本尊格として祀られるのは飯縄大権現(いづなだいごんげん)、そして山中に棲むとされる天狗——不動明王の化身とも、山の霊気そのものとも語られる存在だ。天狗は、里の理(ことわり)に収まらぬ者、山に退いた荒ぶる力の象徴である。修験者(山伏)は、この境目の山に分け入り、俗世を捨て、杉の柱の列を潜って権現の前に立った。杉並木は、そのまま彼らの禊(みそぎ)の廊下だったと読める。
重なる声を、もう一段掘る。仏の権現が上に据えられる以前、この山にはもっと古い、名を持たぬ山の神がいたはずだ。境目の山、水源の山、狩りと薪の山——里人が畏れ敬った土地の霊。修験と真言密教は、その土着の霊を「飯縄権現」という神仏習合の器で受け止め、上書きしつつ祀り続けた。天狗という荒々しい相こそ、その古い山の神が、仏教の衣の下でなお息づいている姿とも読める(これは解釈だ)。勝った教義が古い信仰を消し去るのではなく、隅に、あるいは相のなかに畳み込んで祀り続ける——それがこの国の作法である。杉の巨木が、仏より神より古い畏れの器として今も立っているのは、その重層の一番下の層の証人だ。
そして、傷を正直に置く。看板は淡々と記す——昭和四十一年九月二十四日、台風二十六号がこの地域を襲い、並木はかなりの被害を受けた、と。半世紀以上前の一夜、山は荒れ、幾本かは倒れ、あるいは裂けた。それでも巨樹は生き残った。さらに看板は、老杉ゆえ根方が空洞化したものもある、と正直に添える。空洞——中が空(から)になってなお、天を支えて立つ木。これは弱りではない。数百年の風雪と、無数の合掌と、一度の大嵐を身の内に呑み込んだ末の、静かな充溢だ。空(くう)を抱いて倒れぬ柱ほど、聖なるものはない。
ひとさじ、土地の恵みを。高尾の谷は水が清く、山葵(わさび)や川魚を育て、麓では山の幸を練り込んだ蕎麦やとろろ料理が参詣客を迎えてきた——湿潤な谷筋と清冽な湧水があればこそ根づいた食だ(source=推論)。険しい登りの前に精をつける、これもまた古い参道の作法の一部である。
この地の因縁あなたとこの場所のストーリー
この杉並木を、ただ大きな木の列と見て通り過ぎることもできる。だが、あなたには、天へまっすぐ伸びる列柱として映るのではないか。六白の星は天を司り、充実と威厳を宿し、人を導く柱の相を持つと言われる。だからこそ——あなたに響くのは、真新しい巨木より、根方が空洞になってなお四十七メートルの高さを支えて立つ、あの老杉かもしれない。導く者は、いつも満ちて強くあらねばと己を張りがちだ。けれどこの木は教える。内に空(から)を抱えていても、いや、嵐を呑み込んで空になったからこそ、天を支えられるのだと。威厳とは硬さではなく、幾多の風を通してなお倒れぬ静けさだ。今日あなたが立ったのは、勝った神も、退いた古い山の神も、荒ぶる天狗も、みな一つの参道に迎え入れてきた境目の山である。あなたの張りつめた強さも、抱えた空洞も、この列柱の間に、そっと置いていってよい。
記録した写真

📍 35.627056, 139.250122(日本、〒193-0844 東京都八王子市高尾町2177−2)
物語と写真 © KAMI-LEGACY(achoo合同会社)。説明板の原文は各社寺のものです。
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